安全で効果的な新しいナノ粒子ワクチンを開発
2025.10.14
研究
プレスリリース内容
発表のポイント
- 日本脳炎ワクチン由来の安全性が高い粒子をキャリア(=土台)として利用し、新型コロナなど種々の病原体に対応可能な新しいナノ粒子ワクチン(注1)を開発。
- 少量の抗原で強力な抗体と細胞性免疫(注2)を誘導し、複数の変異株に対しても効果を確認。
- 将来の新興感染症への応用も可能な次世代ワクチンプラットフォーム(注3)になると期待。
発表概要
これまで、タンパク質ナノ粒子を用いたワクチンは強力な免疫効果(注4)が期待される一方で、ナノ粒子自体への免疫反応による副反応が課題でした。今回、弘前大学を中心とする研究グループは、国内で定期接種されている日本脳炎ワクチンをナノ粒子キャリア (=土台) として利用し、この土台に新型コロナウイルスの抗原(注5)を結合させた新しいナノ粒子ワクチンを開発しました。マウス実験では少量の抗原でも抗体や細胞性免疫が強く誘導され、複数の変異株(注6)にも有効性を示しました。日本脳炎ワクチンは国内で定期接種されており(注7)安全性が高く、繰り返し接種できる点が特徴です。また、この技術は、今後出現する未知の病原体への応用も可能で、投与量や副反応を抑えた次世代ワクチンプラッ トフォームとして期待されます。
発表内容
タンパク質ナノ粒子は直径20-100nmの球形にタンパク質が自己集合した微粒子で、正多面体に自己重合するため熱力学的にも安定で、免疫系に補足されやすい性質を持っています。また、投与量を減らしても長期にわたり免疫原性を発揮することがわかっています。これまで、タンパク質でできたナノ粒子をキャリアとして使ったワクチンは、新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスを対象とした実験で、強力な免疫効果が得られることが示され、次世代ワクチンとして注目されてきました。しかし一方で、ナノ粒子そのものに対する免疫反応が副反応の原因となる可能性があり、実用化には大きな課題が残されていました。
私たちの研究グループは、この問題を逆に活かす新しい方法を考案しました。それは、日本脳炎ウイルス(JEV)に似た粒子(JEV-VLP)を利用したナノ粒子ワクチンの開発です。今回、この粒子に新型コロナウイルスの抗原を結合させたワクチンを作製し、マウスを用いた試験で少量の抗原でも抗体と細胞性免疫を強く誘導できることを確認しました。 さらに、このワクチンは日本脳炎ウイルスに対してだけでなく、新型コロナウイルスのアルファ株?ベータ株?デルタ株?オミクロン株など、複数の変異株に対しても有効性を示しました。
日本脳炎ワクチンは日本では小児に定期接種されており、安全性が確立されています。そのため、この技術を使ったナノ粒子ワクチンは、安心して繰り返し接種できる次世代ワクチンとして期待されます。さらに、投与量や投与回数を減らすことも可能になると考えられます。
また、粘膜免疫(注8)や細胞性免疫といった、従来の不活化ワクチン(注9)では得にくい免疫も誘導できます。さらに、JEVと同じグループに属するジカウイルス?黄熱ウイルス? デングウイルスなどを利用すれば、母子感染対策用や海外渡航者向けの新しいワクチンにも応用できます。
これまでタンパク質を使ったワクチンでは困難とされてきた「細胞傷害性T細胞 (CTL)(注10)」の誘導も、この技術により可能になります。CTLを誘導できるmRNAワクチンやウイルスベクターワクチン(注11)はすでに実用化されていますが、比較的新しい技術であり、副反応など未知のリスクが残されています。これに対し、JEVをベースにしたナノ粒子ワクチンは、より安全性が高く、従来のタンパク質ワクチンの延長線上で利用できる点が大きな特徴です。
この研究成果は、新型コロナウイルスにとどまらず、将来登場する未知の病原体にも迅速に対応できるワクチンプラットフォームの開発につながります。抗原を簡単に入れ替えられるため、新しい変異株に対して素早くワクチンを作ることができ、複数の病原体に対応する多価ワクチン(注12)の開発も可能です。さらに、ナノ粒子化によって抗原の免疫効果が高まり、注射部位の腫れなどの副反応の原因となる添加剤(アジュバント)(注13)の使用量も減らせることが期待されます。
本研究は、弘前大学、大阪大学、近畿大学、宮城県がんセンター研究所、ワクチンメーカーである阪大微生物病研究会との共同で進められ、成果は米国の科学誌「iScience」オンライン版に掲載されました。
発表者
弘前大学農学生命科香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司分子生命科学 細胞分子生物学分野 教授 森田 英嗣
論文情報
【論文題目】Flavivirus-Based Bivalent Nanoparticle Vaccines Induce Neutralizing Antibodies and Th1 Responses Against Flavivirus and Coupling Antigens
【著者】Koga Ii, Fumitaka Sato, Yu Hatakeyama, Hidehiko Suzuki, Takafumi Noguchi, Kotaro Ishida, Masashi Arakawa, Kazumasa Nakamura, Ryuta Iwatsuki, Cong Thanh Nguyen, Akiho Yoshida, Nobuyuki Tanaka, Ikuo Tsunoda, Hirotaka Ebina, and Eiji Morita*(*Corresponding author)
【DOI】10.1016/j.isci.2025.113659
【URL】https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2589004225019200
用語解説
- 注1:ナノ粒子
「ナノ粒子」とは、大きさが10億分の1メートル(ナノメートル)という極めて小さな粒子のことです。ウイルス自体もナノ粒子サイズであり、ワクチン設計において効率的に免疫細胞に取り込まれる利点があります。 - 注2:抗体と細胞性免疫
抗体:体内に侵入してきた特定のウイルスを認識し、中和したり無力化したりするタンパク質。血液中などを巡って防御します。
細胞性免疫:ウイルスに感染した細胞自体を、免疫細胞(T細胞など)が直接見つけ出して破壊する仕組み。変異したウイルスへの対応力が高いと言われています。 - 注3:ワクチンプラットフォーム
ワクチンの基礎となる部分(ここでは日本脳炎ウイルスに似た粒子)を共通の「土台」として用意し、異なる病原体に対する抗原をその土台に組み込むことで、様々なワクチンを迅速に開発できる技術体系のことです。 - 注4:免疫効果/免疫反応
「免疫効果」や「免疫反応」とは、ワクチンを接種することで体の中にできる、病気の原因(ウイルスや細菌など)を 攻撃する「抗体」や、感染した細胞を直接排除する「免疫細胞」が活性化される状態を指します。 - 注5:抗原
ウイルスなどが持つ、私たちの免疫システムが「敵」と認識する目印(目印となるタンパク質の一部)のことです。ワクチンはこの抗原を体に提示することで、実際の感染前に防御する力を準備します。 - 注6:変異株(アルファ株?ベータ株など)
「変異株」とは、ウイルスが複製される過程で遺伝子に変化が起き、性質が少し変わったもののことです。アルファ株、ベータ株などは、新型コロナウイルスで出現した変異株の名称です。 - 注7:日本脳炎ワクチンは日本では小児に定期接種
「定期接種」とは、国や自治体が接種を推奨し、多くの場合公費で負担される予防接種のことです。日本脳炎ワクチンは、日本脳炎という病気を予防するため、法律に基づいて幼児期に受けることが定められています。 - 注8:粘膜免疫
鼻、口、喉、腸などの粘膜の表面で働く免疫のことで、ウイルスなどの病原体が体内に侵入する最初の関門でブロックする役割があります。感染そのものを防ぐ「第一防波堤」として重要です。 - 注9:不活化ワクチン
病原体(ウイルスや細菌)の感染する能力を失わせた(不活化した)ものを原料とする、従来型のワクチンです。安全性が高い一方で、免疫細胞を誘導しにくいという特徴がありました。 - 注10:細胞傷害性T細胞(CTL)
リンパ球の一種で、ウイルスに感染した細胞やがん細胞を直接攻撃?破壊する働きを持つ免疫細胞です。免疫細胞の中心的な役割を果たします。 - 注11:RNA ワクチン/ウイルスベクターワクチン
RNAワクチン:ウイルスのタンパク質の設計図(mRNA)を脂質の膜で包んだワクチン。体内でこの設計図をもとに 抗原となるタンパク質を作らせ、免疫を誘導します。
ウイルスベクターワクチン:無害化した別のウイルス(運び屋=ベクター)に、目的のウイルスの抗原の設計図を組み込み、体内に運ばせるワクチン。 - 注12:多価ワクチン
1回の接種で複数の種類の病原体、または同じ病原体の複数の型に対して免疫をつけることができるワクチンです。例えば、MRワクチン(麻疹?風疹)や、複数の株に対応するインフルエンザワクチンなどが該当します。 - 注13:添加剤(アジュバント)
ワクチンの効果を高めるために加えられる物質です。免疫反応を強くしたり、持続させたりする役割がありますが、注射部位の腫れなどの副反応の原因の一つとなることもあります。
詳細
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お問合せ先
弘前大学農学生命科香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司 教授 森田 英嗣
Tel:0172-39-3586
E-mail:moritaehirosaki-u.ac.jp