“食べやすい”虫こぶの記憶が、“食べにくい”虫こぶを救う ― 捕食者の学習による行動変化が創出する生態的ニッチ ―
2025.12.11
研究
プレスリリース内容
概要
弘前大学農学生命科香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司、京都大学生態学研究センター、広島修道大学人間環境香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司、東京大学大学院農学生命科学研究科の共同研究チームは、虫こぶ(植物にできるこぶ状の構造)の捕食者に対する防御機能が、捕食者であるヒメネズミ(以下、ネズミ)の学習行動に依存して発揮されることを明らかにしました。
研究チームは、ネズミが「食べやすい虫こぶ」を経験的に学習すると、「食べにくい複雑な構造の虫こぶ」を避けるようになることを発見しました(図1)。つまり、ネズミが食べやすい虫こぶに関する記憶を形成することで、複雑な構造をもつ虫こぶを避けるようになり、虫こぶの構造が捕食回避の仕組みとして機能するようになることを明らかにしました。このことは、ネズミの記憶に基づく行動決定が、複雑な虫こぶをつくるアブラムシに、ある種の生息空間(生態的ニッチ)を提供していることを示しています。
さらに研究チームは、3年間にわたる野外調査により、齧歯類による虫こぶの捕食傾向が、虫こぶ2種の集団内での頻度(割合)に応じて切り替わることを明らかにしました。また、どちらの虫こぶを捕食するのかの転換ポイントに偏りが観られ、構造が複雑で食べにくい虫こぶは集団中で約65%以上の頻度を占めるまで捕食されにくいことが分かりました。この転換ポイントの偏りには、「食べやすい虫こぶがあると、食べにくい虫こぶを避ける」というネズミの学習行動が影響していると考えられました。
本研究の成果から、捕食者の記憶や学習などの認知能力が、生物多様性の創出と維持において重要な役割を果たしていることが示唆されました。
本研究の成果は、2025年12月10日に「 Proceedings of the Royal Society B」誌にオンライン掲載されました。
①背景
自然界では、どのように新しい種が生まれ、種の多様性が維持されているのでしょうか。
ある生物が他の生物を食べる「捕食」は、単に獲物となる生物の個体数を減らすだけでなく、生態系における多様性を保つ重要な役割を果たしています。たとえば、ある獲物となる生物種(獲物種)が増えると、捕食者はその種を重点的に捕食します。その結果、個体数の少ない他の獲物種は捕食から免れ、個体数を増やして絶滅を免れることができます。このような現象は「負の頻度依存的捕食」と呼ばれ、獲物種の個体数を調整し、多種の安定的な共存を促す効果があることが、理論的にも実験的にも示されています。
さらに多くの動物では、より効率的に獲物を捕らえるために、好ましい獲物の特徴や手がかりを学習し、記憶することが知られています。捕食者が学習によって特定の獲物を選ぶようになると、ある種の獲物が集中的に狙われ、別の種は相対的に捕食されにくくなるという「連合効果」が生じる可能性があります。この連合効果は、偏った頻度依存性を生じさせ、獲物種の共存や多様性維持に貢献している可能性が理論研究や室内実験から指摘されていました。しかし、捕食者の記憶や学習行動が野外の自然環境においてどのように作用し、獲物種の共存に関わっているのかについては、これまでほとんど明らかにされていませんでした。
以上の背景から、本研究では落葉広葉樹のマンサク(Hamamelis japonica:マンサク科)の芽に寄生する2種のアブラムシ(マンサクメイガフシHamamelistes miyabei [以下、イガフシ]とマンサクメサンゴフシ H. betulinus[以下、サンゴフシ])が形成する異なる形態の虫こぶに着目しました。両種は非常に近縁であり、約500万年前にイガフシからサンゴフシが種分化したことが推定されています(Mizuki et al.,2024)。また、両種ともマンサクの葉芽を専門的に利用して虫こぶを形成することから、長らくマンサク上で共存してきたと考えられます。加えて、野外において虫こぶを齧ったような大きな捕食痕が観察されたことから、動物の中でも比較的学習能力の高い鳥類や哺乳類による捕食が疑われていました。
研究チームはまず、野外調査により虫こぶ2種の捕食者を特定しました。次に、特定された主要な捕食者であるヒメネズミ Apodemus argenteusの学習が虫こぶ種間の連合効果に及ぼす影響を、実験的に検証しました。最後に、捕食が虫こぶ2種の共存可能性に与える影響を評価するため、野外調査で虫こぶ2種の頻度に伴う捕食パターンの変化を調べました。これにより、学習によってもたらされる連合効果が虫こぶ2種の共存可能性に与える影響について考察しました。
②研究手法?成果
研究チームは、2017~2019年にかけて青森県の白神山地、岩木山、八甲田山の3地域で、マンサクに形成される2種類の虫こぶ(イガフシとサンゴフシ)を対象にカメラを設置し、捕食者を調査しました。その結果、合計47回の虫こぶ捕食が観察され、主要な捕食者はヒメネズミ (26回) とヤマネ (Glirulus japonicus, 18回) であることが分かりました。いずれの地域でも、この2種が頻繁に虫こぶを襲うことが確認されました。虫こぶ内部ではアブラムシが繁殖し、排出された甘露も蓄積しています。しかし、捕食された虫こぶではアブラムシ数が著しく少なく、甘露も消失していたことから、ヒメネズミとヤマネはアブラムシやその甘露を目的として虫こぶを襲っていると考えられました(図2)。
イガフシは内部が一室構造なのに対し、サンゴフシは複雑に入り組んだ多室構造をもっています(図2)。室内でヒメネズミに構造の異なる2種の虫こぶを与え、捕食にかかる時間や捕食できたアブラムシの数を比較しました。その結果、ヒメネズミは、約40秒でイガフシを食べ終えるのに対して、サンゴフシの捕食には約80秒を要すること、また捕食できるアブラムシ数も少ないこと(イガフシ:約120匹、サンゴフシ:約65匹)が分かりました。このように、単純な構造を持つイガフシに対して、複雑な構造を持つサンゴフシは「食べにくい虫こぶ」であることが分かりました。
次に、実験室でヒメネズミによる虫こぶ2種の選択捕食実験を実施しました。まず、虫こぶの捕食経験のないヒメネズミに2種の虫こぶを同時に提示し、選好性を調べたところ、この段階ではヒメネズミは2種の虫こぶを同頻度で捕食し、どちらか一方の虫こぶをよく選ぶといった偏った選好性は見られないことが分かりました。
しかし、2種の虫こぶを同時に5日間連続で与えて虫こぶの捕食経験を積むと、ヒメネズミは明らかに食べやすいイガフシを好み、食べにくいサンゴフシを避るようになるという連合効果が生じるようになること分かりました(図3)。この結果は、ヒメネズミが経験を通じて両種の特徴を学習することで、サンゴフシへの忌避行動が形成され、複雑な虫こぶ構造が防御機能を発揮するようになることを示しています。
最後に、野外における2種の虫こぶの捕食頻度は、それぞれの地域における両種の存在比によって変化することが明らかになりました。すなわち、イガフシが多い場所ではイガフシが主に捕食され、サンゴフシはほとんど襲われていませんでした。一方、イガフシが少ない場所では、サンゴフシがより多く捕食されることが分かりました。特に、サンゴフシは、集団中で約65%以上の頻度を占めるまで捕食されにくいことが分かりました(図4)。つまり、齧歯類は食べやすいイガフシが極端に減ると、やむを得ず食べにくいサンゴフシを捕食するようになることが示唆されました。すなわち、野外における捕食頻度の偏りは、ヒメネズミをはじめとした齧歯類による学習効果によって生じている可能性が示唆されました。
先行研究(Mizuki et al.,2024)によると、複雑な内部構造をもつサンゴフシは、単純な構造のイガフシから、約500万年前に分化したと推定されており、両種はマンサク上で長く共存してきたと考えられます。本研究により、ヒメネズミが「食べやすいイガフシ」の存在を学習することで初めて、「食べにくいサンゴフシ」の複雑な構造が防御機能として効果を発揮することが明らかになりました。これは、捕食者の学習に基づく行動変化が獲物となる生物に新たな生息空間(生態的ニッチ)を提供し、その結果、獲物生物の種分化後の共存を促す役割を果たしていることを示唆しています。
③波及効果、今後の予定
本研究は、捕食者の「学習による記憶形成」が生物多様性の創出と維持に重要な役割を果たしていることを示唆しました。今後は、捕食者の学習能力や記憶の持続時間の違いが、獲物となる生物種間の関係性にどのような影響を及ぼすかを明らかにすることで、生物の認知能力の発達や進化の歴史の観点から、生物多様性の創出?維持の仕組みを理解することが期待されます。
今後は、他の捕食者群や異なる虫こぶ形成種を対象とした比較研究や、さらに長期的な野外調査を通じて、捕食者の学習による獲物種どうしの連合効果の形成がどの程度普遍的な現象であるかを明らかにすることが課題です。また、行動実験と理論モデルを組み合わせることで、学習による捕食パターンが生物群集の構造や進化過程に与える影響をより精密に検証していく予定です。
研究者のコメント
(菊地 孝介)
本研究は、虫こぶに齧られた痕跡を見つけたことが出発点でした。野外観察を続けるなかで、ネズミやヤマネが虫こぶを補食する瞬間を捉えることができ、そのときの驚きと感動は今でも鮮明に覚えています。さらに、野外観察に加えて室内実験で捕食者の行動や虫こぶの補食状況を定量的に評価できたことで、捕食者の行動が虫こぶの生態に与える影響を明らかにすることができたと考えています。今後の研究においても、野外観察と室内実験を組み合わせることで、複雑な生物間相互作用を明らかにし、さらには生物の進化や共存メカニズムの解明につながることを期待しています。
(山尾 僚)
ヒメネズミやヤマネが虫こぶを積極的に利用していること自体も大きな驚きでした。また、野外調査から、齧歯類が2種類の虫こぶをその出現頻度に応じて食べ分けていることが明らかになったときには、生物間相互作用の奥深さを改めて実感しました。ほかの植物の上では一体どのような相互作用が繰り広げられているのか、興味は尽きません。
論文タイトルと著者
(捕食者の学習に依存した近縁な虫こぶ間の連合効果)
著者:Kosuke Kikuchi*?, Haruna Koishi, Kei Okuda*?, Hiroshi Ikeda*?, Michiko Sasabe*?, Akira Yamawo*?
掲載誌: Proceedings of the Royal Society B
DOI:10.1098/rspb.2025.2546
URL:https://doi.org/10.1098/rspb.2025.2546
*1 菊地 孝介(弘前大学農学生命科香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司4年生 ※研究当時)
*2 奥田 圭(広島修道大学人間環境香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司教授)
*3 池田 紘士(東京大学大学院農学生命科学研究科教授)
*4 笹部 美知子(弘前大学農学生命科香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司准教授)
*5 山尾 僚(京都大学生態学研究センター教授 ※元?弘前大学准教授)
【引用文献】
Mizuki M., Kaneko Y., Yukie Y., Suyama Y., Hirota S. K., Sawa S., Kubo M., Yamawo A., Sasabe M., Ikeda H. (2024). Evolution of secondary metabolites, morphological structures and associated gene expression patterns in galls induced by four closely related aphid species on a host plant species. Molecular Ecology, 33(16), e17466.
詳細
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研究に関するお問い合わせ先
弘前大学農学生命科香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司 准教授 笹部 美知子(ささべ みちこ)
TEL:0172-39-3949
E-mail:msasabehirosaki-u.ac.jp
報道に関するお問い合わせ先
弘前大学農学生命科香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司総務グループ 総務担当
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